歌舞伎俳優の市川猿之助(47)が18日午前10時15分ごろ、東京・目黒区の自宅で両親と共に倒れているところをマネジャーに発見された。捜査関係者によると母・喜熨斗延子(きのし・のぶこ)さん(75)は自宅で、父親で歌舞伎俳優の市川段四郎(喜熨斗弘之=ひろゆき)さん(76)は搬送先の病院で死亡が確認された。意識がもうろうとした状態で搬送された猿之助は命に別条はなく、意識も戻っている。現場には知人男性に宛てた遺書のような手書きのメモがあり、自殺を図ったとみられている。
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自宅で倒れ、病院に搬送された市川猿之助(47)は、実力も人気もトップランクに位置する歌舞伎俳優だ。いまの歌舞伎界を猿之助抜きに語ることは極めて難しい。
今月のスポーツ報知の歌舞伎特集面が猿之助と市川中車だった。最初の取材日は、中車の方が先だった。紙面の構成の枠組みを考える上で、どうしても猿之助に先に話を聞きたい旨を担当者に伝えた。するとすぐに時間変更の承諾がきた。取材に協力的な姿勢が伝わってきた。会ったのは8日夜。歌舞伎の将来を語る「気」にあふれていた。
スペースの都合で原稿から削った箇所がいくつかある。それは哲学的で人生観に及ぶ内容だった。問わず語りに「罪なき者だけ石を投げよ」と聖書に出てくるフレーズをつぶやいたかと思うと、「人は人を裁けないでしょ? 少なくとも自分は完ぺきな人間でないから」。他人の善悪を語るのは好きでない、という意味だった。
そして「命」についても。完全休養せず、稼働し続けることに「どこかで命を削ってるのでしょう。でも嫌なことは僕、絶対にしませんから。休む間がなくても、歌舞伎界の人気回復のためにはこの状況で走り続けるしかない。猿翁さん(3代目猿之助)はもっと過酷だったはず。自分は睡眠時間も十分取れているし」と体調の良さを強調していた。
コロナ禍にありながら、“ズーム歌舞伎”などでその火を絶やさなかったのは松本幸四郎と猿之助によるところが大きい。猿之助はコロナ初期から、「感染症がまん延するこの状態が、これから当たり前で何年も続くと思っておいた方がいい」と冷静だった。
17年、スーパー歌舞伎2「ワンピース」上演中に衣装が舞台装置に巻き込まれ、左腕を開放骨折。役者生命の危機に立たされる大けがをしながら、ここまできた。誰よりも命の尊さを知っているはずだ。直近に苦悩があったのか。心の深淵は、その人にしか分からない。
10日前の取材のとき、当たり役の話にもなった。「当たり役が定まるのは、そんなの死んでからでしょう。死んで世間が勝手に当たり役と呼ぶのであって。そんなの、今の自分にはまだまだ分かりませんよ」。この時発した「死」に現実味はなかったと信じたい。(内野 小百美)