バンブーズブログ

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「プーチンが核を使う可能性」ロシア軍死者6万人!それでも戦争が終わらない理由 世界経済1000億ドル損失 小泉悠


「貧乏人は死んでもいい」…小泉悠分析
 
 防衛省は23日午後、ロシア軍の哨戒機1機が北海道礼文島付近で3回、日本の領空を侵犯した。対応した航空自衛隊の戦闘機が「フレア」による警告を実施した。戦争の足音が響き始めている、のだろうか……。

 ロシアによるウクライナ侵攻で、日本は経済的に大きな影響を受けた。具体的にはネルギーや原材料価格の高騰につながった。ロイター通信が2024年3月に配信した記事によると、 ロシアによる2022年のウクライナ侵攻以来、ロシアからの撤退によって外国企業が被った評価損と売上高の減少分が1070億ドルに上るという。

 ウクライナ戦争において、世界中の関心事の一つが“ロシアによる核使用”だ。そんな中で東京大学先端科学技術研究センター准教授で軍事評論家の小泉悠氏は、「プーチンは核を使わない可能性が高い」とみる。核使用をちらつかせながら、実際に踏み切らないプーチンの真意について、小泉氏にうかがった。短期連載全2回の第2回。

ロシアの核戦力を叩きにいったウクライナ
 ウクライナは5月、ロシア国内の早期警戒レーダー「Voronezh-M」と「Voronezh-DM」を1基ずつ攻撃しました。正直に言って、この行動にはひやっとさせられました。これらのレーダーは、ロシアの核抑止力のコンポーネントに含まれています。つまり、これらを攻撃したということは、ロシアの核戦力を叩きに行ったのに近い行為です。

 プーチンがこの攻撃を看過できず、エスカレーションしていく可能性もあると危惧しましたが、実際には特段の報復行動には出ませんでした。むしろこの攻撃は西側諸国がウクライナに対する攻撃許可を出す契機となり、結果としてウクライナにとって望ましい展開となりました。

 ワシントンとしても、この攻撃に対して「何てことをしてくれたんだ。信じられない」と思った人は多いはずです。ただウクライナとしては、もう国がなくなってしまうかもしれない状況なわけですから、多少の危ない橋であっても、そこに可能性を見出せば何としても渡ろうとする。その考え方は理解できます。

 ただウクライナの行動を見ていると、根拠は判然としませんが、「プーチンエスカレーションしない」という確信を持ってるような感じがします。そしてその確信をアメリカに見せつけたいとの思いから、「Voronezh-M」への攻撃しかりクルスク州への攻撃しかり、積極的に行動しているわけです。

高まらないロシアの厭戦ムード
 ウクライナ戦争を開始してからというもの、ロシアは軍需産業の生産を拡大させてきました。さらに予備として置いていた兵器を片っ端から引っ張り出し、国中から囚人やお金のない人たちを集めて兵士として前線に送り出した。すさまじい勢いで、戦争遂行能力を高めていったのです。

 ロシア軍の死者はわかっているだけで6万人以上、おそらく13万人近くにまでのぼると言われていますが、ロシアでは一向に厭戦ムードが高まる気配がありません。最近もモスクワに住む人たちと話しましたが、「プーチンに任せておけば大丈夫」と、反省の色も危機感もまったく見られませんでした。

 厭戦ムードが高まらない要因としては、前線に送られた兵士の層と、好調なロシア経済が大きな要因であると考えられます。いまロシアでそれなりの暮らしを送っている人の多くに、「戦争に行って死んでいるのは貧乏人。自分たちが戦争に行くわけじゃない」という感覚が拭いがたくあります。この辺はもともと非常に格差の激しい国ならではものと言えるでしょう。

 経済面では、2023年の実質GDP国内総生産)は3.6%と、高い経済成長を実現しています。国防費の増額によって軍事主導の経済成長が起きているのです。財政赤字と引き換えの経済成長ではありますが、財務省が発表した2024年度の財政赤字は補正前で2兆1200億ルーブル程度と、GDP比にして1.1%程度にすぎません。

 財務省は、今年は緊急準備基金を取り崩し、2025年以降は国債を発行して国防費の増額に対応すると表明しています。つまりロシアは、いまのペースを向こう数年程度は維持できる体制を構築できると考えねばなりません。

ウクライナは「あと1、2年」が耐えられない
 ただし、「いまの状態を5年続けることができるか」と問われれば、それは難しいと思います。ですからウクライナとしては、「いかにこの1、2年をしのげるかどうか」がかなり重要になってきます。

 世界中の軍事専門家の多くは7月まで、「ウクライナは今年1年とにかく耐え忍んで東部での攻勢を押しとどめ、2025年以降に限定的な攻勢をかけながらロシアに戦争遂行の不可能を悟らせ、停戦に持っていくとのシナリオを描いているのではないか」と予想していました。

 しかしウクライナは8月、クルスク州への攻撃を実施。想像以上に早く大規模な攻勢に出て、同時に戦争終結案を提示しました。これはゼレンスキーが「もうあと1、2年は耐えられない」と判断したことの現れかもしれません。

 ウクライナでは11月になると地面がぬかるみ、大規模な交戦がしにくくなります。2022年以降の戦況を見ても、次に局面が大きく動き出すのは来年春だと想定されます。ですからあの越境攻撃は、戦闘がとまる前にアメリカに向けてアピールしたかったと見ることが自然です。

 クルスク州への攻撃は、ウクライナの最後の予備兵力によるものだと認識しています。ほかの方面でもロシアの領土をつついてはいますが、兵力の関係から、つつく以上のことはできないでしょう。

 ウクライナは5月に動員法を改正していますから、制度上はまだ追加で動員する余地はあります。ただそれから3ヶ月経ってもまだ動員していないことをみると、ここからさらに数十万人もの男性を軍に引っ張ってしまった場合、その妻や母親たちの反発を抑えきれないと考えたのではないかと思います。

 ただ、動員に関してはロシアも同じ状況です。ロシアも制度的には、もっと多くの男性を兵士として動員することができます。ですが中産階級以上の男性を引っ張ってくると、プーチンの権威が低下してしまうので、できない。お互いに民意を非常に気にしているのです。

アメリカの支援がなければロシアは核を使っていた
 さて、「ロシアは核を使うのか」。この問いは開戦時からの世界中の関心事です。

 プリンストン大学が2017年に作成、2019年にYouTubeで公開したロシアと北大西洋条約機構NATO)との核戦争シミュレーションでは、ロシアが最初に戦術核を一発発射し、その後エスカレーションしていった場合、最大で9150万人もの人々が死ぬと試算されています。

 ロシアには、それだけの壊滅的な事態を引き起こす力があるのです。だからアメリカもロシアのウクライナ侵略を直接止めに行くことができない。さらに言えば、ウクライナに対してミサイルの使用許可を出せなかったり、極めて限られた数の兵器しか渡せなかったりなどの中途半端な対応は、間違いなくロシアの核の脅しが効いています。

 しかし、ロシアのレッドラインとは、「どこかに明確な赤い線が引いてあって、それを踏み越えた瞬間にプーチンが核の発射ボタンを押す」といったたぐいのものではありません。あくまでグラデーション状のぼやっとしたものであり、状況によって核使用の可能性の高低は変わってくるのです。

 2022年2月の開戦時、もしアメリカがウクライナに対して積極的な支援を表明せず、ロシアの核使用には直接介入するとの姿勢を示していなければ、同年中にはロシアが戦術核を使っていた可能性は排除できません。つまり西側諸国がロシアによって核抑止されてるのと同時に、ロシアもアメリカの核に抑止されているのです。両国の核の存在は、戦争を終結させるまでには至らなくても、エスカレーションを阻止するという弱い拡大抑止は確かに効いているのです。

 さらに言えば、拡大抑止は必ずしも“核”拡大抑止とは限りません。アメリカ側が繰り返しロシア側に伝えているのは、「ロシアが戦術核を使ったら、通常戦力で猛烈な反撃を開始する」ということ。これはつまり、「ロシアが核を使ったとしても、アメリカはエスカレーションの梯子を登らない。ただしその場合でも戦術核並みの広汎な破壊を生み出すだけの通常能力をアメリカは持っている」と言っているのです。

核使用をちらつかせる目的はヨーロッパのデカップリング
 2022年2月にロシアがウクライナに侵攻した際、「年老いたプーチンが理性を失ってこのような行動を取った」と考える人もいました。ですが、それは違います。プーチンにはしっかりと理性があり、プーチンなりに筋を通したうえでウクライナ戦争を開戦したのです。ただ私たちの感覚からは、「なぜその筋を通す必要があったのか」が理解できない。

 一つ一つの局面におけるプーチンの合理性は、いまでも担保されています。そのため、いまここでプーチンが第3次世界大戦を勃発させ、世界を滅ぼすことを覚悟してでも核を使うかというと、それはないだろうと思うのです。プーチンはたびたび核について言及していますが、公的な場での発言をよく見ると、核使用に関して否定的な発言をしていることがわかります。

核兵器の使用条件を変更をする」とも言っていますが、これも念頭に置いているのではアメリカとの核戦争ではなく、ヨーロッパ諸国との限定核戦争でしょう。1970年代にソ連が中距離核戦力(INF)を配備した際、欧州諸国には「米国は本当にヨーロッパを守ってくれるのか」との疑念が巻き起こりました。今回もそのようなデカップリング(分断)を起こしたいがための発言ではないかとみています。

 これらを総合して考えると、核は現状「相手に甚大な被害を与えるための兵器」「戦争を終わらせるための兵器」というよりは、「脅しの道具」にとどまってると言えます。ただ、その脅しには全く根拠がないわけではないので欧米としても支援に二の足を踏む部分があり、これが戦争を長期化させているというのが私の見方です。