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なぜ「今年のドラフトの目玉」はアメリカ進学を選んだのか…若者が「日本のプロ野球」を敬遠する本当の理由 2023年10月30日 08:00 PRESIDENT Online シェアする 10月26日、プロ野球のドラフト会議が行われる。だが、そこに「今年のドラフトの目玉」と注目されていた花巻東高校の佐々木麟太郎選手は登場しない。スポーツライターの広尾晃さんは「野球エリートの海外流出は、今後、さらに深刻な問題になるはずだ」という――。 試合開始前、バットを構える花巻東の佐々木麟太郎=2023年8月13日、甲

なぜ「今年のドラフトの目玉」はアメリカ進学を選んだのか…若者が「日本のプロ野球」を敬遠する本当の理由
 
2023年10月30日 08:00
PRESIDENT Online

10月26日、プロ野球のドラフト会議が行われる。だが、そこに「今年のドラフトの目玉」と注目されていた花巻東高校の佐々木麟太郎選手は登場しない。スポーツライターの広尾晃さんは「野球エリートの海外流出は、今後、さらに深刻な問題になるはずだ」という――。
試合開始前、バットを構える花巻東の佐々木麟太郎=2023年8月13日、甲子園 写真=時事通信フォト
プロ志望届を出さなかった「ドラ1」候補
今年のプロ野球ドラフト会議は10月26日に行われる。この日を「運命の日」と感じている野球選手はたくさんいるはずだ。

 
ドラフト会議で球団に指名されるためには、高校生、大学生は「プロ野球志望届」を学校に出さないといけない。学校はこれを取りまとめて日本高野連全日本大学野球連盟に提出する。

今年は高校生139人、大学生177人の計316人が志望届を提出した。

しかしその中に、花巻東高(岩手県)の佐々木麟太郎(18)の名前はなかった。佐々木は184センチ、113キロ。体重は今夏の甲子園の出場選手980人の中で最も重い。中学時代は大谷翔平の父の大谷徹氏が監督を務める金ケ崎シニアでプレーし、高校は父親の佐々木洋氏が監督で、菊池雄星大谷翔平を輩出した花巻東高に進んだ。1年春からベンチ入りし、2年春の甲子園にも出場。今夏の甲子園は準々決勝まで進んだ。

高校通算本塁打は140本、屈指のスラッガーとして今ドラフトの目玉の一人と言われていたが、佐々木はプロ志望届を出さず、また国内の大学にも進まず、アメリカの大学に留学すると発表したのだ。

佐々木はアメリカの大学に進んで野球を続ける。21歳になればドラフト指名権を得ることができるから、MLB30球団のドラフト指名を受けて、日本のプロ野球を経由せずMLB球団に入団することになる。


日本より厳しいメジャーの生存競争
MLB球団は、メジャー球団の下にSingle-A/High-A/Double-A/Triple-A/Rookieの5つのマイナーリーグがある。ドラフトで入団した佐々木はこの階層を上っていくことになる。抜群の資質を認められれば1年でこれを駆けあがることもあるが、何年もマイナーリーグでくすぶる選手もいる。

 
日本ハムファイターズでプレーする加藤豪将(29)はアメリカ生まれだが日本人の両親を持つ。アメリカの高校から2013年MLBドラフト2巡目(全体66位)でニューヨークヤンキースに指名された。当時ヤンキースにはイチローが在籍していたから「すぐにもイチローのチームメイトになるか」と言われたが、加藤は9年間もマイナーリーグでプレー。この間チームもパドレスブルージェイズ、メッツと移籍し、メジャーに昇格したのは2022年の4月9日のことだった。

しかしメジャーに定着することはできず、昨年のNPBドラフトで日本ハムが3位で指名し、今季は日本ハムでプレーした。

大谷翔平藤浪晋太郎鈴木誠也と同じ1994年生まれの加藤だが、キャリアはまだ始まったばかり。大きな遠回りをした印象がある。


甲子園→アメリカ留学→メジャー
MLBのドラフトは、かつては毎年最大50巡目まで、計1500人近くが指名されたが、今季は20巡目まで、最大600人となっている。支配下、育成を含めて120人程度のNPBドラフトと比べて、競争はかなり激しい。しかもMLBには「アマチュアFA」などドラフト以外で入団する選手もいる。ドミニカ共和国ベネズエラ、日本などからも選手がやってくる。そしてキューバから亡命する選手さえいるのだ。

過去に、NPBを経ずにMLBに挑戦した選手は何人もいる。しかしMLBまで昇格したのは加藤の他には加藤の他にはマック鈴木マイケル中村多田野数人田澤純一の5人しかいない。

現役で言えば、22歳の西田陸浮は東北高校からアメリカのマウントフッド・コミュニティ・カレッジに進み、そこからNCAA全米大学体育協会)に加盟するオレゴン大学に編入。今年のMLBドラフト11巡目(全体329位)でホワイトソックスに入団。ルーキー、Aで外野手としてプレーした。

 
佐々木も西田と同じ経路をたどるのではないか。カレッジで語学を学びながら野球をして、アメリカのスポーツエリートが集うNCAA加盟の一流大学に入ってプレーし、実績を残してドラフトを待つ。


※写真はイメージです 写真=iStock.com/SeanPavonePhoto
なぜわざわざ厳しい環境を選ぶのか
佐々木の選択は、すでに高校生の段階で「将来のスター」とちやほやされている日本とは比べ物にならない厳しい道ではある。

野球だけでなく、NCAA加盟の大学に進むとすれば、佐々木には勉学という厳しい壁もそびえている。NCAAはスポーツ学生の団体ではあるが、スポーツだけでなく勉学でも高いレベルを求められる。履修成績が悪ければ、試合に出ることはできない。

そもそもそれ以前に、英語で授業を受け、レポートを提出することができる語学力が必要なのだが。

単にアメリカで野球をする目的だけなら、高校の先輩、菊池雄星大谷翔平のようにNPBで実績を上げて、ポスティングでMLB球団に移籍する方が、確実な道のように思える。MLB側もこうした選手はマイナーを経ずにMLBで起用してくれる。

しかし佐々木は、既にレールが敷かれている道を歩こうとはしなかった。これはなぜなのか?


野球エリートが海を渡る大きな理由
実は、佐々木ほどの有名選手ではないが、10代後半の球児の間で、日本の大学に進まず、アメリカの大学に進む選手がじわじわと増えているのだ。

 
野球指導者・根鈴雄次氏の道場には「アメリカの大学に留学して野球がしたい」という若者がしばしば訪ねてくる。中には名門高校で甲子園に出場したような選手もいる。

「厳しい環境で自分を鍛えて、メジャーを目指したい」ということだが、それだけではない。

日本で野球をするとすれば、大学、社会人とルートは決まっている。プロに行けなくても、そこそこの実績があれば、アマチュア球界の指導者になることもできる。社会人で野球を引退すれば、大企業のサラリーマンになることもできる。

安定ということなら、日本で野球を続けるに限るのだ。

しかし、既存の日本球界のネットワーク、人脈の中で生きることは「それが自分の限界」になることを意味している。

例えば野球をやめて事業を起こしたり、新たな分野に挑戦したいと思っても、大学でも「野球しかしていない」から、学びなおしをしなければならない。

プロ野球選手でも、球団を退団してから資格を取るために勉強したり、店を開業したり「一から出直し」をして苦労する人がたくさんいる。こういう人が必ず言うのは「引退するまで野球しかしてこなかったから」という言葉だ。

プロ野球選手など、引退するまで「自分で新幹線や飛行機のチケットを取ったこともなく、ホテルも予約したことがない」人がいるくらいだ。


※写真はイメージです 写真=iStock.com/AlxeyPnferov
 
「野球しか知らない人」になりたくない
日本のスポーツ界は「何事でも一つの道に通じれば、どんなことにでも通用する」という信仰がある。指導者の言うことを聞いて厳しい練習に耐えることで「根性」ができ、一流の人間になれると。

しかし、世の中は「根性さえあれば通用する」ような単純なものではなくなっている。国際化、DXの進展などで、目まぐるしい変革が進む中「自分の意志で学び、自己変革できる」人材でなければ一流にはなれない。

実は日本でも、スポーツしか知らない人材ではなく、もっと知的で多様な可能性のあるアスリートを育てるための改革が起こっている。

日本版NCAAと言われるUNIVAS(大学スポーツ協会)は「運動部学生のために学業面と安全安心な競技環境面での支援を充実させる」とし、スポーツ学生が一般学生同様、学業を重視することを求めている。

先日、筆者は法政大学野球部助監督の大島公一氏に話を聞いたが、UNIVASに加盟している法政大学野球部の選手は「リーグ戦のある日でも、講義を受講してから試合に出ている」とのことだ。

筆者が大学生のころの体育会系の選手は「寮とグラウンドの往復で、試験の時以外は教室に行ったことがない」のが常だったことを考えると、今昔の感があるが、それでもUNIVASに入っていない大学の中には旧態依然としたままの大学も多い。また「学びの質」がそれほど高いとは言えない。


バウアーはなぜ一流の投手といえるのか
しかしNCAA加盟の大学では、講義を受けるだけではなく、ディスカッションをしたり、研究発表をしたり、アスリートであっても一般学生と全く変わらない知的活動をすることが求められる。そしてそのレベルに達しなければ、容赦なく大学を追われるのだ。

 
NCAA加盟の大学で学んだアスリートは、スポーツの能力だけでなく、知的レベルでも一流になっている。野球をやめてもビジネスの分野でも通用する人が多い。「野球人のネットワーク、人脈」などに依存する必要はない。

また、野球をする上でも「知的レベル」が高く「自分自身で探求できる」ことは、大いに有利だ。

今季、DeNAベイスターズで活躍したトレバー・バウアーはNCAA加盟の名門カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の出身だが、新しい変化球を編み出すために、トレーニングジム「ドライブラインベースボール」に先進の映像測定機器「エッジャートロニックカメラ」を持ち込み、変化量、変化軸などを測定しながら、新たな変化球を開発し、2020年にサイ ヤング賞を取ったという。

上から指示された練習をして、言われるままにフォームを改造するような、日本のこれまでの選手とは次元が違うことが分かる。


日本のスポーツ界では可能性がつぶされるだけ
佐々木麟太郎は確かに傑出した選手ではあるが、あの体形からして「適応力の高い選手」とは言い難い。上手くいけばスラッガーとして活躍するだろうが、そうでなければ埋もれてしまう可能性も少なくはない。

佐々木麟太郎の父である花巻東・佐々木洋監督は、教え子の菊池雄星大谷翔平アメリカに移籍後、意識レベルでも肉体でも大きく進化したことに着目したはずだ。

極めて強い個性をもつわが子の可能性を大きく花開かせるために「アメリカ留学」を勧めたのではないか。


それは「野球選手としての成功」だけでなく「一人の人間としての活躍のフィールドを広げる」ことを考えたのではないか。

翻って、野球のみならず日本のスポーツ界は、相変わらず上下関係と人脈に凝り固まっている。

聞こえてくるのは日本大学アメフト部の「薬物汚染」、立教大学野球部の「暴力沙汰」、同大陸上部の「不倫」のような、次元の低い不祥事の話ばかりだ。

佐々木麟太郎だけでなく、将来性豊かなアスリートは、どんどん海を渡ることだろう。この人材流出を日本のスポーツ界は「深刻な危機」だと受け止めるべきだろう。