バンブーズブログ

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大谷翔平と佐々木朗希がWBCで見せた人間力

ワールド・ベースボール・クラシックWBC)で日本が3大会ぶり3度目の優勝を果たした。2006年と09年の優勝も素晴らしかったが、今回の栄冠はそれにも増して晴れやかな気持ちにさせてくれた。その要因は何かと考えると、代表メンバーが一選手の枠を超えた感動をもたらしてくれたことが挙げられる。

1次リーグで日本と同じB組に入った本戦初出場のチェコ。1勝3敗で敗退したが、試合で敗れた後に日本チームや観客に拍手を送るなどのすがすがしい姿が称賛を呼んだ。大谷翔平エンゼルス)から三振を奪った先発のサトリアらは1次リーグ後に練習中の日本代表を訪ね、大谷とサイン入りの記念品を交換した。

準々決勝を突破した日本が決戦の地、米国に到着した際に大谷がかぶっていたのはチェコ代表の帽子だった。さりげなく友好の気持ちを表したことでチェコの選手たちが喜んだのはもちろん、多くの日本のファンも感銘を受けたはずだ。

準決勝に向けて米国入りした際、大谷(中央)がかぶっていたのはチェコ代表の帽子だった(17日、マイアミ国際空港)=共同
チェコ戦ではもう一つ心温まるシーンがあった。四回、日本の先発の佐々木朗希(ロッテ)がエスカラに死球を与えた。162キロの剛速球が膝に当たったエスカラがしばらく動けなかったことから、相当の痛みだったのだろう。ぶつけた佐々木朗は心配でならなかったようで、チェコの攻撃が終わり、ベンチに戻る際にエスカラに帽子をとってわびた。後日、チェコ代表の宿舎を訪ねてエスカラにたくさんの菓子を贈る気遣いまで見せた。

米大リーグでは、投手がぶつけた打者に謝ることはまずない。自らの非を認めることになる謝罪はめったなことではしない、という思いが浸透している。かつては日本もそうだったが、相手を思いやる気持ちの広がりから、最近では帽子をとって謝る投手が多い。

ただ、佐々木朗のように改めて相手を訪ねて贈り物をするのはまれだろう。真剣勝負の結果とはいえ、剛球をぶつけた罪悪感と、心底、膝の状態を心配する気持ちからの自然な行動だったといえる。

佐々木朗は相手を思いやる心遣いでもファンを魅了した=共同
相手を思いやるといえば、大会後の大谷のコメントも慈愛に満ちたものだった。「日本だけじゃなくて、韓国や中国もその他の国も、もっともっと野球を大好きになってもらえるように、その一歩として優勝できたことがよかった」

選手というのはとかく「自分の成績さえよければ……」と思いがちだ。成績が給料に直結するから本来、その考え方は間違っていない。勝ち負けの責任は監督が負うもので、選手はいかに投げ、打ち、守るかを考えれば済むともいえる。ただ、大谷や佐々木朗の言動に接し、「自分さえよければ」という視点がいかに狭量なものかを痛感させられた。野球に限らず、スポーツは相手がいてこそ成り立つもの。ならば相手をリスペクトし、相手も幸せになることを願うべきだと、彼らは言っているような気がする。野球がうまいだけでも素晴らしいが、高い人間性を併せ持つ選手はより魅力的だ。

WBCの優勝トロフィーを手にする大谷=共同
「相手がいてこそ」はスポーツの世界に限ったことではないのだろう。家族や職場、学校など、様々な単位で人は人との関わりなしには生きられない。自分が関わる人に、いかにいい影響をもたらすか。そういう広い観点から言葉を発し、行動した大谷と佐々木朗の姿は、選手として野球少年に憧れられるだけでなく、一人の人間として全世代の人たちから尊敬を集めるものだった。

選手たちが卓越したプレーを見せ、グラウンド外でも見る者を引きつけたことで、仮に日本が優勝できなかったとしても、見守った人たちの感動はいささかも薄れることはなかったのではないか。

ダルビッシュ有パドレス)の姿勢も素晴らしかった。メジャー組でただ一人、2月の代表合宿からチームに合流し、野手とも食事会をするなどチームを一つにすべく奮闘した。まだ実績の乏しい宇田川優希(オリックス)が代表チームでどう振る舞ったらいいか分からず困っている様子を見て「宇田川さんを囲む会」を開いたのは心憎いばかり。実戦登板なしで臨んだ影響からか、WBCでは納得のいく投球ができなかったと思うが、チームへの貢献度は成績だけでは測れないものがあり、チーム最年長の36歳は間違いなく今回のチームリーダーだった。

WBCで優勝を果たした後、笑顔でメダルを掲げるダルビッシュ(左)と佐々木朗=共同
私が創設初年度の05年に楽天の監督を務めた時は「どうやって選手にエネルギーを与えるか」を常に考えていたが、今回の日本代表を見て、その逆もあるのだと感じた。不振だった村上宗隆(ヤクルト)を使い続けるなど栗山英樹監督の信念の起用が光ったが、選手が体現する相手へのリスペクト、チームメートを信じる力がエネルギーとなって栗山監督を支えたといえるのではないだろうか。

一人の野球選手の枠にとどまらず、人としての厚みを見せてくれた日本代表は解団し、それぞれの所属チームに戻った。いつまでも感動の余韻に浸っていたいと思わせる、かけがえのないものを残してくれた選手たちに心からの感謝を伝えたい。

(野球評論家)