バンブーズブログ

社会の大きな流れは新聞のトップニュースに掲載されます。 その情報を読み続けていくと数年先が見えてきます。それは怖いものなしです。

宇都宮ライトレール開業 沿線の自動車メーカー「ホンダ」が鉄道通勤を推進


配信 2023年9月18日 07:15更新 2023年9月18日 07:27
NEWSポストセブン

交通渋滞と聞くと東京など大都市を中心にした問題と思われがちだが、国土交通省が調査した市街地の混雑している道路のデータをみると、全国でもっとも混雑割合が高かったのは鹿児島市の66%で、東京23区は32位だった。

道路の渋滞問題解消は地方都市にとってこそ切実な問題で、先ごろ開業した宇都宮・芳賀町の新型路面電車にも道路渋滞緩和への貢献が期待されている。


ライターの小川裕夫氏が、自動車メーカーも含めた沿線企業が通勤に公共交通を推奨する狙いについてレポートする。


* * *
2023年8月26日、栃木県宇都宮市芳賀町に新しい路面電車が開業した。ライトラインの愛称で親しまれる新型路面電車は、宇都宮駅東口―芳賀・高根沢工業団地間を約14.6キロメートルで結んでいる。新しい路面電車の開業は75年ぶりということもあり、鉄道関係者やファンから注目を集めているほか、宇都宮市民や周辺から通勤・通学している人たちの関心も高い。

 
同線の沿線には観光地と思しき名所は少ない。また、宇都宮市の繁華街は宇都宮駅の西側、いわゆる東武宇都宮駅周辺なので、このほど開業したライトラインは繁華街を通らない。

そのため、開業前には利用者がいるのか?といった疑義が呈された。また、宇都宮駅東口には多くのバスが走っており、わざわざ新しい路面電車を建設する必要はあるのか?といった反対の声もあった。事業の採算性を含め、冷ややかな声は少なからずある。

しかし、宇都宮市は軽々しく新しい路面電車の導入を決めたわけではない。約20年という歳月にわたって熟議し、多くの困難を乗り越えて実現へと漕ぎ着けている。

 

◆自動車メーカーが通勤にLRT利用を推奨

宇都宮市が新しい路面電車の建設推進に動いたのは、終点の停留場名にもなっている芳賀工業団地や高根沢工業団地のほか、清原地区市民センター前を最寄りとする宇都宮清原工業団地宇都宮大学陽東キャンパスを最寄りとする宇都宮工業団地平出工業団地)など多くの企業が沿線に事業所を構えていることと無縁ではない。


そうした企業が集積するライトラインの沿線で、ひときわ目立つのが本田技研工業(ホンダ)の事業所群だ。

世界でも指折りの自動車メーカーとして知られるホンダは日本各地に事業所を構えているが、それら事業所の規模は大きい。そのため、通勤する人の数も比例して多くなる。宇都宮市芳賀町では、ホンダをはじめ工業団地の企業が朝の通勤時間帯や夕方の退勤時間帯に宇都宮駅から送迎バスを運行していた。

 
企業の送迎バスは、マイカーに比べて一台における輸送力は大きい。そのため、道路の渋滞は起きづらい。それでも、多くの企業が集積しているので朝夕は渋滞が日常化していた。

宇都宮市は深刻化する渋滞を解消するべく、駅東側から工業団地へと向かう輸送力の大きな公共交通の新設を模索していた。そして、長い議論を経て新型路面電車の建設が決定。工事の遅れによる開業延期や脱線事故といったアクシデントを経験しながらも、ようやく開業を果たした。

開業と同時に、沿線に大規模な事業所を構えているホンダは社員用の送迎バスの運行を止めることを表明した。送迎バスに代わって、ホンダは社員に対してライトラインの利用を促している。

LRT開業に伴い、宇都宮駅から公共交通機関での通勤が可能となるため、専用バスの廃止を決定しました。それらの理由に加えて、通勤時間帯の渋滞解消による地域への貢献、さらにバスからLRTへと切り替えることで脱炭素を推進することにもつながります」と送迎バス廃止の背景を説明するのは本田技研工業広報部の担当者だ。


ホンダが社員の移動手段を送迎バスからライトラインへと切り替えを表明したことで沿線に事業所を構える他社も同調。これら沿線企業の社員が通勤・退勤でライトラインを利用することになる。

多くの企業が送迎バスからライトラインに切り替えることで、疑問視されていたライトラインの採算が改善されることが期待される。また、定期的に利用されることで市民の間における存在感も増大する。これは心理的に「ラウトラインは宇都宮になくてはならないモノ」というイメージを浸透させるだろう。

 


東武東上線「みなみ寄居駅」での実績

それでは、真っ先にライトラインへの転換を表明したホンダは、どのぐらいの社員を送迎バスで運んでいたのか?

「沿線に立地しているのは研究開発施設ですので、そこに勤務する従業員数はお答えできません。送迎バスの路線数や便数もお答えできませんが、1日の利用者は約1200人でした。利用者の大多数が新幹線通勤者であることから、開業後はほぼ全員がLRT通勤にシフトしています」(同)

実はホンダが社員に対して通勤に鉄道を使うように促すことは、今回の宇都宮が初めてではない。埼玉県でも社員に鉄道通勤へと転換させるための施策を講じている。それを象徴するのが、2020年10月に東武東上線東武竹沢駅―男衾駅間に新設されたみなみ寄居駅だ。

 
みなみ寄居駅は、ホンダが新駅の設置費用を全額負担した。そうした経緯もあり、同駅にはホンダ寄居前との副駅名称が付されている。


同駅開業の経緯について広報部の担当者に質問すると、「地域に根差した事業運営のため、交通渋滞緩和施策のひとつとして東武への駅設置を請願しました」との短い説明があった。

当該地域やホンダの事情に明るくないと、広報担当者が口にした「地域に根差した事業運営のため」という言葉は理解しづらい。

これはホンダが埼玉県狭山市で操業していた工場を廃止して、その機能を寄居町へと集約したことを意味している。ホンダは2018年に狭山市の工場機能を寄居町の工場に集約することを発表。そこから、みなみ寄居駅の新設構想は動き出した。


工場機能を集約すれば、それだけ寄居町の工場で働く社員は増える。増えた社員全員がマイカー通勤するわけではないだろうが、マイカー通勤者が増えると周辺道路の渋滞は激化する。

道路の渋滞が起きれば、周辺住民との軋轢が生じかねない。そうした事態を回避・緩和するべく、ホンダは少しでも社員に電車通勤へとシフトさせようとした。その一環として、工場の隣接地に鉄道駅の開設を要望する。こうした経緯を経て、鉄道事業者東武とホンダの思惑が一致。新駅が実現することになった。

みなみ寄居駅の新設にあたり、担当者が「特に緑豊かな周辺環境に配慮することには気を遣いました」と話すように、ホンダは同駅周辺に桜を植樹し、緑化も推進。新駅の開設による渋滞の緩和だけではなく、こうした周辺環境に配慮する取り組みが地域との交流を深め、地域と企業がともに発展していく素地を整えることにつながっていく。


企業活動は何よりも営利を求めることに主眼が置かれがちだが、だからと言って地域住民を無視することはできない。大気汚染や水質汚濁といった公害をはじめ工場が稼働することによる騒音や振動、そして道路の渋滞といった問題に企業は住民と向き合わなければいけない時代になっている。

一言で表現するなら、それは企業の地域貢献ということになる。地域貢献の形はさまざまで、なにが最適解なのかは地域によるだろう。

宇都宮のライトラインは走り始めたばかりで、当然のことながら送迎バスからライトラインへの転換で渋滞が緩和したといった公式的な報告はまだ出ていない。また、東上線のみなみ寄居駅も今のところ周辺の環境整備がどのような効果をもたらしたのかは不明だ。


それでもマイカーから鉄道へと通勤手段が転換されることで、事故の低減やCO2の削減、といった副次的な効果は容易に想像できる。

いまだ地方都市はマイカー通勤が主流で、通勤ラッシュに伴う渋滞問題が各地に存在している。電車通勤は鉄道の利便性が高い大都市圏に限られるが、だからと言って地方都市でもマイカー通勤によって起きる社会問題はある。それらを放置すれば住環境は悪化し、住みづらい都市になってしまう。

昨今は地方の鉄道・バス路線の存廃議論が喧しいが、それでも地方都市でも県庁所在地をはじめ人口が多い都市では官民が連携して脱マイカーの取り組みを着実に進めている。