バンブーズブログ

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大谷翔平がエンゼルスにもたらした経済効果とその行方


 
スポーツライター 丹羽政善
#拝啓 ベーブ・ルース様 #MLB #スポーツ
2023/10/8 5:00
 
米大リーグ、レギュラーシーズン最終戦エンゼルスタジアムのスタンドで大谷翔平のボードを持つファン=共同
米国は秋に新学期が始まる。成長した子どもたちが、大学進学などで家を離れる。廊下を走り回ったりする音や兄弟げんかの喧騒(けんそう)が消え、おもちゃで散らかり放題だった部屋がきれいなままほこりをかぶっていく。

それを米国では〝EMPTY NEST〟(空になった巣)と表現し、喪失感に耐えられない親のためのカウンセリング・プログラムさえある。同じような寂しさを近々、エンゼルスファンは味わうかもしれない。

360度、エンゼルスタジアム三塁側のファウルグラウンドに立って、球場全体を見渡してみる。すると目に入るのは、見慣れた日系企業のロゴばかり。しかも、ひと目でどんな仕事をしているのかもわかる。

外野フェンスと球場内にある広告数を数えてみた。サイズに差があり、小さなもの、あるいは、定期的に変化する電光掲示式の分をどこまでカウントするかで数は変わってくるが、固定のものはざっと23箇所。そのうち日系企業は13社だった。中には、大谷翔平エンゼルス)が契約する前から、球団のスポンサーだった企業もあるが、ここ数年で一気に増えた。

それだけにとどまらない。テレビを見ていると映るネット裏の広告。これはイニングごとに変化するが、エンゼルスタジアムの場合、大きいのが2枠とその間に小さいのが1つある。大きな2枠に限定して、そのスペースがどうなっているのか、8月7〜9日の3日間を調べてみた。

 
大谷が先発する日、ネット裏広告の多くは日系企業で占められた=共同
7日は九回裏まで試合があったので、延べ36社。そのうち22社が日系企業だった。8日はエンゼルスが勝ったので、九回表まで延べ34社。そのうち、日系企業は19社だった。9日もエンゼルスが勝ったので34社。そのうち日系企業は24社。この日は大谷の先発日で、六回までは24社のうち21社が日系だった。最初の2イニングは2つの企業で占められ、同じ日系企業が左右両方をまとめ買いしているケースもあった。また、大谷がマウンドに立ち続けるであろう六回まで、大谷が投げる表の回のスペースは、日系企業で占められていた。

金額は非公表だが、2008年のデータだと、表裏のセットで約3万ドル(約450万円)。もちろん、球場や対戦カードなどによって変動するが、インフレ率を加味すると(usinflationcalculatorを利用)、現在の価格は表裏のセットの場合で5万ドル前後か。となると、1試合の売り上げは5万ドル×2箇所×9回なので、90万ドル。日本円で1億3000万円。ホームゲームは81試合なので、ざっと100億円を超えていると想像できる。バックネット裏の広告枠は敵地でもエンゼルスが遠征している期間は日系企業が買っている。よって、敵地の球団にも恩恵がもたらされていることになる。

ここ数カ月を振り返れば、なにより大谷のインパクトを感じるのは人流か。9月10日のエンゼルスガーディアンズ。午前11時半に球場の入場ゲートが開くと、日本から来たファンが、一斉に正面のグッズストアを目指した。たちまち店内はそんな人々であふれ、あっという間に入場制限がかかった。10分もすると、入り口から長い列ができた。

 
エンゼルスタジアムのチケット売り場に飾られている大谷翔平の写真とファン=共同
「夏休みにはいってから、ずっとこんな感じです」とは、列の整理をしていたお店の店員。「ゆっくり買い物をするなら試合中のほうがおすすめですが、そうしたら大谷選手のプレーを見逃してしまうかもしれないし、商品もなくなってしまうかもしれません」

知り合いが日本から訪れていたが、聞けば、大谷のユニホームはすでに売り切れ。大谷のTシャツもあることはあるが、サイズを選べず、「とにかく、あったものを買う」という状況だったそうだ。

ユニホームの値段は200ドル前後。税金、円安を考えれば、日本円で3万円程度。Tシャツも40〜50ドル。日本円で6000〜7500円! ちょっとしたお土産というより、もはや特別なプレゼントという価格である。

客席も、夏に入ってから、日本人観光客の姿が増えた。いや、エンゼルスプレーオフに出場する確率が、日に日に減少。伴って、地元ファンの足が遠のくと、結果として日本人の姿が目立つようになったということかもしれないが、三塁側ベンチ上の応援風景など、まるで日本の球場のよう。

もっとも、そうしたすべての現象が来年春には一変しうる。大谷がフリーエージェントで移籍すれば、日系企業の広告は球場内、ネット裏から、ほとんど消えるのではないか。客席からも日本人の姿が消え、チームストアは閑散とするかもしれない。

そんな光景をかつて目の当たりにした。イチロー(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が12年7月にヤンキースへトレードされると、翌年には日系企業の広告が激減し、いまやたった1つだ。日本人ファンの姿もすっかり見かけなくなった。

エンゼルスの再建は遠い。大谷がチームを去り、長年チームを支えてきたマイク・トラウトもトレードされれば、集客はどこまで落ち込むのか。

今季最後の1週間は、ホームで行われた。しかし、大谷が右ひじの手術に踏み切り、不在。右手の有鉤骨(ゆうこうこつ)を骨折し、一度は復帰したものの、再び負傷者リストに入ったトラウトも欠場したため、球場はまさにEMPTY NEST状態。来年を待たずして、ファンは喪失感を味わった。