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2023/9/10 2:00
豊洲市場で「常磐もの」を扱う仲卸店を視察する岸田首相(中央)=8月31日、東京都江東区(代表撮影)
東京電力福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出で、水産業が苦境に立たされている。官民が連携して、国内外での販路の多様化や需要喚起に努めてほしい。
衆参両院は8日、処理水放出をめぐる閉会中審査を開いた。西村康稔経済産業相と野村哲郎農相らが出席し、支援に全力をあげるよう求める意見が相次いだ。
政府は漁業の継続支援や風評被害対策で計800億円の基金を設けた。放出を始めた後は、輸出先の分散などを目的に207億円の緊急支援事業を決めた。
深刻なのが中国向けの輸出の減少だ。中国は日本産水産物のすべてを対象にした放射性物質の検査を7月に導入したのに続き、放出開始後は輸入を全面停止した。
影響はすでに出ている。中国向けの7月の水産物の輸出額は、検査の強化などで前年同月比23%減った。9月以降は禁輸によって事実上ゼロになる恐れがある。
科学的な根拠をもとに中国を説得し、禁輸撤回を求めるのは当然だ。「日本産は危険」という印象が広まるのを防ぐためにも、粘り強い外交努力が欠かせない。
一方で必要なのが中国依存の是正だ。香港向けも合わせると2022年の水産物輸出の4割を占める。たとえ禁輸をやめても別の形で揺さぶりをかけてきかねず、新たな市場の開拓が不可欠だ。
緊急支援に盛り込んだホタテを加工する設備への補助は試金石になる。中国に輸出したホタテの一部は、中国で加工してから米国に輸出されている。国内の加工施設を強化して、米国の需要をつかむことが期待されている。
日本産食品への輸入規制を撤廃した欧州連合(EU)も、開拓の余地がある。日本政府は欧州各地で水産物などのプロモーション活動に着手した。現地のニーズをきめ細かく分析し、長期的な視点で輸出を拡大するべきだ。
併せて力を入れたいのが、国内の消費拡大である。魚介類の1人当たりの消費量は01年度のピークと比べて4割強減っている。
明るい材料もある。ふるさと納税の寄付先と返礼品で北海道や福島県の水産物を選ぶ人が増えている。自治体や漁業関係者、流通企業が連携して加工を工夫したり、新商品やメニューを開発したりして需要喚起に努めてほしい。
魚介類をもっと食生活に取り入れることが、日本の水産業にとって何よりの応援になる。