バンブーズブログ

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大谷翔平、破格の「5億ドル契約」の現実味


 
スポーツライター 丹羽政善
#拝啓 ベーブ・ルース様 #MLB #スポーツ
2023/12/3 5:00
 
今年のウインターミーティングは大谷の動向が最大の焦点となる=共同
テネシー州ナッシュビルで4日(一部は3日スタート)から、球団関係者、代理人らが一堂に会する大リーグのウインターミーティングが始まる。同会議では、トレードショーや各球団の合同就職面接会などが〝表〟で開催される一方、球団のゼネラルマネジャーGM)、あるいは代理人が、それぞれの部屋をこっそりと行き来しつつ、契約、トレードといった移籍交渉が〝裏〟で行われる。

前回2015年にナッシュビルで行われたウインターミーティングのときにも紹介したが、GMが会場ホテルにチェックインすると、カードキーと一緒に他球団がミーティングに使用する部屋番号と直通番号の一覧が書かれたメモが渡される(参考記事「大リーグ、ウインターミーティングの悲喜こもごも」)。

メディアがその行き来する光景を目の当たりにすることはないが、各球団のGMは夕方、番記者らを部屋に招き、その日の成果を簡単に説明するのが通例。それが長引くと、部屋を出たあとで、廊下を歩いてくる代理人や他球団のGMとすれ違うことがある。そこから球団の動きを推測することは可能だ。まれだが、GMの部屋にホワイトボードが置いてあり、消したつもりでも、うっすらと選手名が残っていることもある。

さて、今回の会議では、エンゼルスからフリーエージェント(FA)となった大谷翔平の移籍先と、その契約総額がひとつの焦点となりそう。ついに年俸が5000万ドル(約73億円)を超える時代が到来するのか。そして、その壁を日本人選手が破るのか。

契約総額は、10年で5億ドルとも6億ドルとも報じられている。それはあくまでも推測だが、昨年、ア・リーグのシーズン最多本塁打記録を更新したアーロン・ジャッジ(ヤンキース)が、オフに9年総額3億6000万ドル(年平均4000万ドル)で再契約しており、その額が根拠となっている。

契約総額が6億ドルに達すれば、大リーグどころか、北米プロスポーツ史上最高。20年、NFLチーフスのパトリック・マホームズ(父のパットは1997、98年にプロ野球横浜=現DeNA=でプレー)が10年総額5億300万ドルでチーフスと再契約したが、大谷が長期契約を望むなら、その更新は確実視される。

年平均では、NBAバックスのヤニス・アデトクンボが今年10月、3年総額1億8600万ドルで再契約を交わし、年平均6200万ドルは現時点で北米プロスポーツ史上最高だ。仮に大谷が長期契約ではなく、3年程度の短期契約を選択するなら、この額を上回る可能性は十分にある。

ちなみに大リーグの最大契約総額は、2019年にマイク・トラウトエンゼルスと交わした12年総額4億2650万ドル。年平均ではマックス・シャーザー(現レンジャーズ)が21年、ジャスティン・バーランダー(現アストロズ)が22年に、それぞれメッツと交わした約4333万ドルが最高となっている。大リーグは、契約総額、年平均ともに、NFLNBAの後塵(こうじん)を拝していたが、大谷がまとめてかわしそうな勢い。

ところで、仮に年俸総額を6億ドルとすれば、円安でもあるので、1ドル=150円で計算するなら約900億円。日本プロ野球選手会が発表している今年の日本プロ野球支配下公示選手の年俸合計が319億128万円なので、その倍以上だ。また、年俸を6000万ドルとすると、約90億円。同じく日本プロ野球選手会が発表している各球団の年俸総額(23年)を見ると、ソフトバンクが39億8990万円で最高だが、その倍以上を大谷一人で稼ぎ出す計算となる。

もちろん、大谷は特殊ケースだが、大リーグ全体で見ても、23年の年俸が日本円で40億円(約2700万ドル)を超える選手が約20人もいる。これはもう、単純に円安だから、という話ではない。違うスポーツかというくらい、格差が開いた。

21年2月に、大リーグと日本のプロ野球の年俸の違いをまとめた(参考記事「二極化がすすむ大リーグ、格差から生まれる創造力」)。1970年代まで、日米で極端な差はなかった。78年、11年連続でオールスターに選ばれ、最優秀選手(MVP)に2度選ばれるなど、メジャー屈指のスター選手だったジョニー・ベンチ(レッズ)が日米野球で来日したが、2014年にインタビューした際、「あの年の年俸は40万ドルだった」と明かしてくれた。同じ年、日本で最高だった王貞治ソフトバンク球団会長(当時巨人)の年俸は7740万円(推定)。当時の為替レート(1ドル=約195円)で換算すると約39万7000ドルなので、ほぼ同じである。

 
シャーザー(現レンジャーズ)が21年にメッツと交わした約4333万ドルは、22年のバーランダーとともに年平均の最高年俸だ=共同
ところが、80年代になると、最高年俸も平均年俸も差が開く一方。大リーグでは75年12月に選手がFA権を勝ち取り、翌年7月に締結した労使契約で、正式に制度として認められると、それが引き金になった。すでに紹介したが、78年、日本の最高年俸は王氏の7740万円、大リーグは56万ドル(1億920万円、1ドル=195円で計算)。80年は日本の最高年俸が8160万円、メジャーは100万ドル(2億2675万円、1ドル=226.75円で計算)。ここで2倍以上に開いた。80年の平均年俸は日本が602万円、大リーグが14万3676ドル(約3258万円)。その差は約5倍だ。

2023年にはどうなったか? 日本プロ野球の平均年俸は4468万円。大リーグ平均は490万ドルなので、1ドル=150円で計算すると7億3500万円。なんと16倍を超える。今年、日本では山本由伸(オリックス)の年俸が6億5000万円(推定)で最高だったが、それをも上回る。

経済誌「フォーブス」によると、22年の大リーグの総収益は108億ドル(約1兆5800億円)。日本プロ野球の総収益は公表されていないが、2000億円前後とされる。その差はおよそ7.9倍。108億ドルのうち、全米中継を行うFOX、TBS、ESPNの3局の放映権料だけで17億6000万ドル。スポンサー収益が11億9000万ドル。この2本柱が総収益の約3割を占め、3局の放映権料だけで、日本プロ野球の総収益を軽々と上回る。

 
大リーグと日本プロ野球の年俸格差は開く一方だ(アストロズバーランダー)=共同
とはいえ、大谷に5億ドル、6億ドルを払えるのかだが、余地は十分あるとされる。

今年3月、今年の大リーグの選手に対する支出(年俸、保険、食費など)は、プロスポーツの様々なデータを扱う「statista」が、大リーグ総収益の約54%と予想した。他のプロリーグでも50%前後というのが一つの目安だが、08年の「スポーツビジネスジャーナル」誌によれば、大リーグの場合は03年が63%で過去最高。選手会としては60%回復を目指す。リーグにはそれだけの体力があると見込み、大谷にそのけん引役を託す。一方でもちろん、球団オーナーは50%前後に戻したいが、球団間に経済格差があり、そこは一枚岩ではない。

いったい、どこに落としどころがあるのか。ウインターミーティングで球界全体の視線が大谷の契約総額に注がれるのは、選手、オーナー、それぞれの利益全体に大きく関わるからこそでもある。

(年俸の出所は「SABR MLB's annual salary leaders since 1874」、forbes.com「Average Baseball Salary Up 20,700% Since First CBA in 1968」、日本プロ野球選手会など)