バンブーズブログ

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「結局、人は何歳まで子どもを産めるのか」専門家さえ気づいていない"40代前半の出産可能性"の意外な高さ


 
2023年9月1日 08:15
PRESIDENT Online

キャリアの方向性が固まってから結婚、出産する道はあるのか。ジャーナリストの海老原嗣生さんは「30代後半に結婚し40歳で出産というライフプランは大いにあり得る。実際、かつての日本では多くの女性が40代前半で子どもを産んでいた」という――。

※写真はイメージです 写真=iStock.com/shutter_m
相手がいる若い人がいたずらに出産を遅らせる必要はないが…
女性は30歳になると、出産適齢期という重石が心に軋み出すと、前回書きました。ただ、よく調べると、言われるほど40代の妊孕力(子どもを産む力)は下がっていないということは、お分かりいただけたでしょう。


この話を書くのに、私もためらいがありました。

世の中で言われる通り、若いうちのほうが出産確率は高い。出産後の体調なども交えて考えれば、間違いなく出産は若いうちにしたほうが良いでしょう。だから、相手がいて産む余裕もある女性に、いたずらに出産を後ろ倒しすることを私は勧めていません。

 
ただ一方、考えて欲しいことが二つあります。

まず、相手が見つからず、35歳になってしまった女性はどうしたらよいのでしょうか?現状だと、もう焦りと諦めの気持ちに押しつぶされそうな状態です。

彼女らの多くは、「もう子どもなど無理」と考えがちです。世の医師もマスコミも、「40歳過ぎたら出産は困難」が大勢でしょう。でも、その困難というのが、どのくらいの確率なのかは、ほとんど示していません。100のものが0になってしまうのか、良くても20か30と考えがちです。こうした過度に悲観な「イメージ」だけで終えず、一度、しっかり数字のデータで示すべきではないでしょうか。

そうした上で、きちんと議論をすべきでしょう。

 

40代での出産可能性を考える意義
そしてもう1つ、たとえば、40歳過ぎて産んだら、どうやって育てるのだ? 体力や収入の低下は大丈夫か。


流産、合併症、障がいなどの確率が高くなることにはどう対処するか。


こんな話を、これから3回にわたって取り上げていくつもりです。

「早く産むべき」というアナウンスは若い世代に向けて発し、合わせて30歳過ぎた女性たちには別のメッセージを用意すべきだと、私は強く思っています。


そのためにも、40代前半の出産可能性というものを、いま一度考えてみましょう。

 

40代でも、たくさん子どもを産む国
実は、世界を見渡すと、40代で普通に出産している国が多々あります。

アフリカ南部にあるスワジランド(現・エスワティニ)という国では、40代に1人の女性が平均で0.9人以上の子どもを産んでいます。リベリアナミビアマラウイなどのアフリカ諸国や、サモアのような南洋国でも、1人の女性が平均で40代に0.5人ほど子どもを産みます(図表1)。いずれも、先端医療など望めず、不妊治療も進んでいない国で、この数字なのです。

ただ、これは遠い国の話だし、生活習慣も体の作りも違うから、そのまま日本人に当てはまらない、と思う人も多いでしょう。

 


では、日本人はどうだったのでしょうか。たとえば、大正時代の日本では、40代女性の合計出生率が0.46にもなりました(国立社会保障・人口問題研究所「人口問題研究」)。

 

大正時代の日本では40代初産も多かった
「いや、大正時代の40代出生率は、一部の子だくさんの女性が平均値を上げただけで、多くの人は、やはり産めなかったのではないか」「とりわけ、初産で40歳過ぎたら難しいだろう」という指摘がありそうなので、この点についても、過去の数字を出しておきます。


以下データは、昭和15年の調査のものとなります。


こちらでは、40代に子どもを産んだ女性の割合は、32.4%となっています。調査時点の昭和15年は、大正時代よりも出生率が落ち込んだので、当時の政府があわてて調べたものなのです(3割以上の女性が40代に出産をしているのに、「少ない」と言うのです)。

 
昭和15年度の調査でも、さすがに「初産かどうか」はわかりませんが、それに近いデータがありました。妻の結婚した年齢別に、40歳以降で平均何人出産したかどうかを調べた数字です(人口問題研究第二巻第十号第五表より)。

そのデータを見ると、

20代前半で結婚した人=0.320人
20代後半で結婚した人=0.324人
30代前半で結婚した人=0.340人
30歳後半で結婚した人=0.391人と、結婚年齢が上がれば上がるほど、40代以降の出産率は高まっています。とりわけ30代後半で結婚した人の場合、40代でも、初産かせいぜい2子目という人が多いでしょう。それでも、こんなに高い数字を残しているのです。その数字が20代で結婚した人より高いというのも、見るべきところでしょう。

 

45歳を過ぎると出産率はがくんと落ちる
早婚が普通だった大正時代で、30代後半に結婚する女性とはどのような人だったのでしょうか。たとえば、大店の旦那が愛妾を後妻にもらうケースなどは、完全な初婚でしょう。一方地方では、子どもができない夫婦を離縁させて組み換え再婚を行うというケースなどがあります。いずれの場合も、それ以前に子どもはないために、結婚後の出産が初産となる可能性が高いと考えられます。


ただ、この時期の統計資料を振り返っても、さすがに45歳を過ぎると出産率はがぐんと落ちています。40代後半では、閉経を迎える人が多いために、そこで、がくんと出生率は落ちる。そこが現在・過去問わず本当の意味の生物的限界なのでしょう(出産・育児を経験した女性の多くは、妊娠から授乳中は生理が止まるので、その分、閉経年齢が後ろ倒しになり、50歳でも出産することがまま見られます。多産型社会のアフリカでは、こうして50代まで出産を続ける女性が見られます)。

 

たった12年で40代は急に産まなくなった
それでも疑り深い人は、「もう90年も前の話で、その頃と今では食生活も体格も違うから」と反論するかもしれません。しかし、本当に年月の変化で女性の体質が変わり、それに伴い、40代の出生率は落ちていったのでしょうか? いいえ、それは違います。

40代の合計出生率は75年前の1948年まで0.3を超えていました。それが、1960年までのたった12年で、今よりも低いほどに、急激に落ち込みました。

 

※写真はイメージです 写真=iStock.com/Yuto photographer
このたった12年の間に、身体・生物的に40代の出生率が激減したと主張するのは無理があるでしょう。なぜなら、1960年に40~45歳の女性とは、1948年の時点でもう28~33歳だったのです。それは、当の昔に成長期を通り越し、心身ともに成人として形成された時期です。にもかかわらず、彼女らの出生率は急降下した。そこには、身体・生物的な変化よりも、社会的・思想的変化があったと思うのが正しいでしょう。要するに「40代では産まない・産めない」という気持ちの変化が、大きかったのではないでしょうか。


とどのつまり、「40代は産まない」という常識も、1960~80年代に作られた、いわば「昭和の常識」でしかないのでしょう。少子化の背景には、働き方、結婚観、そして出生観、全てにおいて昭和時代にできた常識が水を差している現状に気づき、これら社会的バイアスを取り除くことが重要といえそうです。

 

専門家さえ昭和の幻影に惑わされている
かつて「40代がたくさん子どもを産んでいた」という事実について、専門家でも知らない人が多いのではないか、と私は感じています。私が40代出産の資料を集めるため、専門の研究所に足を運んでいた時、顔なじみとなった研究者に、「かつて日本は、40代の出生率が0.4を超えていた」「しかも初産も多かったはずだ」という話をしてみたのです。その際、こうしたデータを知る人は少数、それを調べたことのある人は皆無でした。

厚労省不妊治療研究会に出ているような医師たちも、同様でしょう。かつて全国縦断で名医と言われる権威たちを取材したのですが、誰もこうした統計を知りませんでした。

 

※写真はイメージです 写真=iStock.com/kazuma seki
つまり、不妊の権威さえ、40歳出産は可能性が低いと、現実以上に考えているようです。

こうした常識が、単なる「昭和の遺物」でしかないと、ぜひとも世間に気づいてほしいところです。

 

学齢は8年、仕事は10年、人生は20年延びた
最後に、よく考えてほしいのが、女性のライフサイクルの変化です。

その昔、昭和の戦前期は、多くの女性が高等小学校で教育を終えました。この場合、修業学齢はたった14歳です。

それが、戦後になり、最終学歴のマジョリティは、中学→高校→短大→4大と変化していき、現在では学齢は22歳まで延びています。当然、出会いも結婚も出産も後ろ倒しになってしかるべきでしょう。

ただその代わり、それ以降の人生もどんどん後ろ倒しされています。

昭和の50年代まで、女性は早期退職を強いられ、30そこそこで定年などという犯罪的な社内規定を持つ企業が多数ありました。男性にしてもその頃の定年は55歳です。

それが平成の初めには60歳となり、現在では65歳であり、今後さらに延びようとしています。

そして、寿命は戦前が60歳だったものが、現在では85歳まで延びている。

学齢8年、定年10年、寿命20年もの違いが生まれています。

 

寿命は延び、心も体も若返っている現代
とはいえ、「40代になって子育ては厳しい」という声が聞かれるのも確かなところです。ここでまた考えてほしいことがあります。今、熟年世代の人たちは思い出してください。その頃の定年は55歳です。だから60歳の人はかなり老けて見えたのではありませんか?

たとえば、昭和の風景を描いた「サザエさん」に出てくる波平さん(サザエさんの実父)は、作中ではなんと54歳! です。対してダウンタウンの浜ちゃん松ちゃんはアラ還です。現代であれば、54歳などまだまだ働き盛りともいえるでしょう。


2015年に日本老年学会が「日本人はここ10~20年で5~10歳若返った」という声明を出しています。それは以下のような調査研究によるものです。

 
・1996~2011年の厚労省患者調査を用いて、65~79歳の慢性疾患受療率を分析。脳血管障害や虚血性心疾患が10歳若い年齢群と同等レベルになるなど慢性疾患の受療率が低下していた。

厚労省国民生活基礎調査、人口動態調査では要介護認定率、死亡率も低下。秋下氏は「5~10歳の生物学的年齢の低下を示唆する」と分析した。

・東京都老人総合研究所の研究から、65歳以上の身体能力を92年と02年で比較。握力は男性4歳、女性は10歳若い年齢群と同等レベルに向上したほか、歩行速度が男女とも0.1~0.2m/秒上昇。特に歩行速度についてものすごく大きな改善し、11歳の若返りが認められた。

国立長寿医療研究センターの研究を用いて知的機能の変化を調査。「現在の70代の知能検査の平均得点は、10年前の60代に相当する」と評価。

厚労省歯科疾患実態調査から「20本の歯数は57年で男性50代、女性45歳だが、直近では男女とも65歳」と説明。

いずれも、平成初期と末期を比較したものであり、この短期間で、身体はこれほどまで若返っていると示されています。街中を見れば、ファストフードの店員さんなどは高齢者が主役になっているのが見て取れるでしょう。これなども、平成初期にはありえなかったことです。

ちなみに、健康寿命という概念が2000年にWHOから提唱されました。


医療や介護に依存せずに生きられる年齢のことを言いますが、日本では2001年からこの数値を発表しています。直近2019年と2001年を比べると女性は3.2歳ほど伸びています。昭和の頃にこの数字があったなら、7~8歳は伸びていたでしょう。

 

※写真はイメージです 写真=iStock.com/Hakase_
結婚、出産、育児が10年後ろ倒しになっても帳尻が合う
そう、結婚、出産、育児がそれぞれ10年程度後ろ倒しになったとしても、人生は帳尻が合うのです。もちろん、それでも結婚も出産も嫌な人はそれでかまいません。40歳で結婚して、45歳までに子どもを産むのでも、人生は帳尻が合います。

それでもまだ、「女性は更年期障害があるから大変だ」という声が聞こえそうです。が、それこそ、昭和のようなワンオペ育児をせず、夫婦で力を合わせて解決すれば良いのではありませんか?

ここで、政治や行政に携わる人にも声を大にして言いたいことがあります。

出生率回復を最重要課題に掲げるなら、40代前半の出生率を戦前並みに戻すことも一策でしょう。それだけで、合計特殊出生率は0.3ポイントも上がります。大正並みならそれは0.4ポイントアップとなるでしょう。

「早く産むべき」は正論ですが、それは30歳までの女性に言うべきであり、その先、焦ったり諦めたりする女性たちには、「可能性はまだまだあるけど、急ぎましょう」とメッセージを二本立てにしてはどうでしょうか。